kodama Gallery
Torawo Nakagawa Break Even Point

Press Release

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ご案内

関係各位

拝啓 時下益々ご清祥のこととお喜び申し上げます。
 児玉画廊(白金)では8月19日(土)より9月16日(土)まで、中川トラヲ「Break Even Point」を下記の通り開催する運びとなりました。グループショー等での発表を除けば新作個展としては2013年の「Plastic Art」(児玉画廊, 京都)以来4年振りとなる今回、近年の薄ベニヤに描くシリーズから一転、フレーミングに主眼を置いたドローイング作品や、変形仕上げのペインティングシリーズなど、これまでのコンセプトを引き継ぎながらも新たな試みを見せる構成となっています。
 中川は一貫してイメージを視認することがどういう働きであるかをテーマとした絵画制作を続けています。なぜ、目にした物をそれとして認識できるのか。人間の目に見えていないだけで本当はとんでもない色をしているかも知れない、手で触知できないだけで本当はもっと凄まじい形をしているのかも知れない、そういった他愛もない疑問は誰しも一度は抱くでしょう。しかし、疑念を持ったところで、知覚できない以上は証明も検証もできず、それはただの妄想である、と次第に切り捨ててしまうものです。しかし、では絵画を描くという行為においてその疑念はどう作用するのか、という観点が中川の中では払拭できない大きな動機となって続いているのです。なぜなら、絵画の多くが、まず何かを知覚してそれを二次的に写し取ることであるからです。知覚したものを、そのように描出するという関係が生まれる以上、そこには「なぜ」が付き纏います。絵画を制作する上で、線の始まり、形の成り立ち、色彩の相互関係、それらは何に依拠し、なぜそのように現れてくるのでしょうか。具象的な絵画であれば、モデルがあったり、記憶やイメージするものなどが元になりますし、抽象的なものであれば、幾何学的な方法論、思想、感覚、アクション等、何かしら絵画を描くための動機(モチーフ)が存在するが故です。中川は、絵画についてのこうした当たり前のことを当たり前のこととして受容せず、一層の事逆を試みることで自分なりに疑問の回答を見付け出そうとしているのです。つまり、何かを知覚してから描くのではなく、何かを描いてから知覚する、あるいは知覚する前の何かを描くという手段を探る、というのです。
 初期作品においては、目が無意識に排除しているであろう存在を意図的に拾い上げて描く試みが見られます。例えば眼前直近を漂う空気中の埃やチリ、それらは視覚情報としては目に入ってきているはずですが、視界を邪魔するものとして「存在しない」状態にされているのではないか、と中川は考えました。それらが「存在する」ように描こうとすると風景描写の中に星屑のような点描や光の粒子が視界を遮るように散りばめられ、結果として半具象/半抽象的な画面に半ば強制的に転換されていく、というものです。その後、より無意識的な方法として、板の木目やキャンバスのシミなど、もともとある無意味で偶然的な線や図形をルーズになぞり描くことでいつしかそれが風景のような、何かの生き物のような、ありそうでないモノへと自ずと向こうから描き出されてくる絵画へと移行します。また、近年続けていた薄いベニヤ板(時に変形に切り抜いた)に描く作品は、何かを視認するということの意味の範囲がより拡大し、自身の作品を絵画というオブジェクトとして認識することをすら極力避けようとする試みです。絵の具を重ねることで必然的にできる厚み、筆の痕跡、壁にかけるための構造的なパネルやフレーム、それらは絵画が物質的なものに見えてしまう、という点で絵画そのものにとっては逆に余計な要素になり兼ねず、より純粋な絵画(イメージ)に近接するために、キャンバスの厚みや矩形ですら排除してみたい、という中川の思う絵画についての極論を見せる挑戦であったとも言えます。
 「Break Even Point」とは本来、損益分岐点という会計用語ですが、ここで引用されることで様々な憶測を生みます。得るものと失うものが等しくなる瞬間、見えるものと見えないものとの臨界点、絵画とそうでないものとの分岐点。中川の一つの作品制作手法と言って良いと思いますが、常々、文学や哲学、経済学などあらゆるジャンルの専門用語や引用を作品タイトルとして多用します。元々の意味を引き継ぎながら、時に不条理な言葉の組み合わせや語呂合わせのようなことをして煙に巻きます。それが鑑賞者側からすれば作品がより謎めいたものに思え、それは結果的に絵が何の意味にも縛られずにおく(他者からの認識を固定させない)ことの一助となっています。
 今回の個展では、フレームを施されたドローイング作品が新たな試みとして提示されます。そもそも習作や素描を必要としないことや、薄い絵の具を何度も重ねる制作スタイルが多いため紙では耐久性に欠ける、という点から絵画の作家としては珍しくドローイング作品がほとんど存在しませんでした。そこへ、近年極力否定してきた絵画のフレーム(絵画を外部と区切る矩形)を再度真逆のアプローチからまな板に乗せる形で、敢えて額装を技法の一つとして取り入れようとしています。紙に絵の具や鉛筆などでこれまでの絵画同様、ルーズな線描や色彩の偶発的な重なりを元に絵の中から絵を見つけ出すように描いていきます。ある程度の大きさで仕上げておいて、それに後から紙マットを当てて大幅に「トリミング」と「余白」を付加すること、作家の表現を借りれば「引き算」の額装を施します。一方、ペンティング作品ではそれと対になるような新たな試みが見られます。絵の具による下地がベースの木製パネルを大きく逸脱し、変形の輪郭を形成しています。絵画がまるで流動的なものであるかのように、矩形の外側へとストロークの余波を柔らかく受け流しています。絵画の定型的な矩形を内へ内へと積極的に取り込んで見せるドローイングの提示方法が「引き算」であるなら、ペインティング作品では逆に矩形を溶かして外へ外へと滲み出て増幅していく「足し算」的なアプローチを見せていると言えます。そして「Break Even Point」と呼んではいるものの、表面上拮抗しているように取り繕っているだけに過ぎない、その静かな面持ちの作品の裏側では、依然絵画をめぐって回答の突き崩しと疑念の再構築の無限の繰り返しを続けているに違いないのです。つきましては、本状をご覧の上展覧会をご高覧賜りますよう、何卒宜しくお願い申し上げます。

敬具
2017年8月
児玉画廊 小林 健



記:

作家名:

中川トラヲ (Torawo Nakagawa)

展覧会名:

Break Even Point

会期: 8月19日(土)より9月16日(土)まで
営業時間: 11時-19時 日・月・祝休廊
オープニング: 8月19日(土)午後6時より


お問い合わせは下記まで

児玉画廊
〒108-0072 東京都港区白金3-1-15
T: 03-5449-1559 F: 03-5421-7002
e-mail: info@KodamaGallery.com 
URL: www.KodamaGallery.com


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